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ハチオウジタロウのブログ
八王子発 家族日記
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入間航空祭
埼玉県入間市にある「航空自衛隊入間基地」で行われた「入間航空際」に行ってきました。

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有名な「ブルーインパルス」が展示されていました。午後から飛行することになっています。今年は「ブルーインパルス50周年記念」とのことです。

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ヘリコプターも展示されていました。

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入間航空祭【2】
「T-4指揮連絡機」です。飛行展示の為、準備中です。

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飛行展示の為、「Uー125」が動き出しました。

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「T-4指揮連絡機」も動き出しました。

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かっこいいですね(^^)

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陸上自衛隊の方々が「C-1輸送機」に乗り込む為、歩いて行きます。後ほど輸送機からパラシュートで降下してくるそうです。

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「T-4指揮連絡機」も飛行展示の為、動き出します。

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ものすごいエンジン音です(^^;)

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「C-1輸送機」も飛行展示の為、動き出しました。見てる方も段々と忙しくなってきましたよ(^^)/

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入間航空祭【3】
時間が経つにつれて、段々と人が多くなってきました。

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「C-1輸送機」から先程の陸上自衛官の方々がパラシュートで降りてきます(^^)/

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無事に役目を終えて、「C-1輸送機」が滑走路に戻ってきました。

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今度は救難ヘリコプター「UH-60J」の飛行展示です。

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入間航空祭【4】
「装備品展示場」に入ると「T-4」が展示されていました。

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パラシュートで降りてくる説明のパネル及び装備品が展示されていました。

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数機種エンジンも展示されていました。かなり大きいです。

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外に出て、食事をしていると「アキアカネ」がいました。今日は温かいですが、段々と寒くなってきました。撮影できるのは今年最後かもしれません・・・・。

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「Eー2C早期警戒機」です。

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「Uー4多用支援機」です。

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「YS-11FC飛行点検機」です。

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本日のメインイベント「ブルーインパルス」の飛行展示が始まります。観客全員総立ちです。せっかくなので子供達を抱いて、しっかり見せてあげたいと思います。

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「ブルーインパルス」の航空展示が始まりました。色々アクロバット飛行を見せてくれて子供達も「すっご~い!」と興奮していました。(^^)残念ながら、速すぎて自分のカメラではピントが合わなかった為、写真は殆んどありません。

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「花」を描いているそうです。

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「星」のマークが描かれました。すごいですね(^^)

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「ブルーインパルス」が着陸する旨のアナウンスを聞き、少し早めに会場を後にしたのですが・・・・最寄り駅までの道程はこんな感じでした(^^;)

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とても疲れましたが、初めて見る航空ショーはとても楽しめました。また来ようと思います(^^)/

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市民グループ「国史跡八王子城とオオタカを守る会」の実施する八王子城ガイド定例コースに息子と参加してきました。

何度か「八王子城跡」へは登っていますが、わからないことの方が多い為、詳しい方に直接教えて頂こうと参加することを決めました。JR「高尾駅」に9時集合。参加者一同9時15分過ぎのバスに乗って「八王子城跡」に向かいます。



バス停を降りて、徒歩で色々な説明を受けながら進みます。

ここの山に「八王子城」に通じる「大手道」があるとの説明がありました。私有地の為、予め許可を受けている今回のようなガイドでなければ入ることができません。民家の横を抜けて「大手道」まで行くのですが、このような知識はやはり詳しい方に教えて頂けなければ知ることはなかったでしょう。

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当時の「大手道」です。「大手道」は城の正面に続く道のことを言うのですが、「大手道」の跡地は現在は栗林になっています。「八王子城」は「織田信長」の「安土城」を習って改修されたとされていますが、「安土城」の大手道が6メートルだったのに対し、「八王子城」の「大手道」は幅8メートルあるとされており、かなり広かったようです。

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栗林を登って行くと今度は「防御台」と呼ばれる遺構が残されています。当時は既に鉄砲が使用されていたようですが、ここでは「大手道」から攻めてきた敵を上から石を落として攻撃したようです。

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「防御台」は現在、梅林となっています。

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しかし、この「大手道」から続く「防御台」はこの先で行き止まりになっているそうです。「防御台」を降りて、こちらの方に道があるのか藪の中を進むことになりました。「え~!ここ進むの!?」と個人的には思いました。しかしながら皆と一緒に息子も普通に進んで行くので後に続くことに・・・・(^^;)

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藪の中を進んで行くと平坦で現在は竹薮になっている場所があるのですが、ここにはどうやら「大手道」から侵入する敵を監視する番所のようなものがあったのだろうとの説明を受けました。

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「八王子霊園」入口横に「宗関寺」というお寺があります。この寺の横に城主「北条氏照」の重臣「横地監物吉信」が防御線として「横地堤」を築いたとのことです(草に覆われている為、よく見えませんが・・・・)。

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「宗関寺」の向かい側にあるのが「下道」とよばれる遺構です。ここは城の主要部へ登城する家臣や物資輸送などに日常的に使われる生活道であったようです。この「下道」に対して先ほどの「大手道」を「上道」と呼ぶそうです。

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「八王子城」の御典医といわれている「西川信濃守屋敷跡」に案内されました。ここも私有地の為、今回のようなガイドでなければ立ち入ることができません。石垣の囲いが残されていますが、「ここの石垣は江戸時代になって後世に積まれたものであろう」との説明を受けました。

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管理事務所前に到着しました。八王子城に登るのはこれからですが、息子は少し疲れてしまったようです。休憩しましょう(^^)

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管理事務所で休憩した後は「御主殿跡」を目指して進んで行きます。



「山下曲輪」横に積まれた石垣です。

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「大手門跡」からみた「大手道(上道)」の跡です。前回の記事に載せましたが、現在は栗林になっている「大手道(上道」」はここに続いていたそうです。ここの場所は深く掘り下げて「空堀」で防御し、当時は橋が掛けられていた可能性があるとの事です。

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「大手門跡」です。ここには「薬医門」があったとされています。

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「大手道(上道)」です。道幅4メートル程ですが、ガイド役で会の事務局長をされている米田(まいた)さんのお話では実際はもっと広い道(8メートル)だったとのことです。実測しながら説明して頂けました。

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「曳き橋(ひきはし)」が見えてきました。

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「曳き橋」の先には「土塁」と「虎口(こぐち)」が見えます。

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「曳き橋」を渡りきった横に「横矢」と呼ばれる場所があります。「虎口」に攻め込もうとする敵を側面から攻撃する為にあったとされています。

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石垣の上部の部分は復元する為に行った工事で積み上げられたそうですが、下部の方は当時の石をそのまま使用しているそうです。

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このように赤色で数字を書かれているのが当時から積まれている石です。

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石段の踊り場には「櫓門」があったそうです。「櫓門跡」について説明を受けました。向かって左側の石垣や門の基礎の部分には落城時に「櫓門」が焼失し、炎を受けた黒い跡が残っています。

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「虎口」の石段は下から見た時に立派に見えるよう上部の方が幅が広く造られています。こちらも実測して説明して頂けました。「八王子城」は少ない人数で効率的に攻撃・防御ができるよう「見せ城」の要素を持っていたそうです。

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「御主殿」の入口となる「冠木門(かぶきもん)」に到着しました。以前来た時はボロボロでしたが、新しく建て直されていました。

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城主「北条氏照」が居城していた「御主殿跡」に到着しました。



ガイドの方が立たれている辺りが「台所門跡」です。「冠木門(かぶきもん)」の北側に位置しています。「下道」を使って「御主殿」へ食べ物やその他の物資等を運搬するために使用されていたとの事です。「宗関寺」の向かい側にあった「下道」はここまで続いていたようです。

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この「御主殿跡」ではベネチア産のレースガラス等の遺物が発掘されています。ガイド役で事務局長「米田(まいた)」さんのお話では「織田信長」から贈られた可能性が高いのでは?との話でした。
城主「北条氏照」は「小田原北条家」の中でも「軍事活動家」として、また「城造り」についても優れた武将であり、「外交」においてもスペシャリストでもあったようです。本家「小田原城」ではこのような遺物が発見されていないものの、「八王子城」で当時はとても貴重であったこのレースガラスが発掘されたことは「織田信長」との親交の深さを物語っている証拠であろうとの事でした。城主「北条氏照」も「織田信長」に鷹を送ったとされています。そして米田さんは続けました「もし「織田信長が」が天下統一を果たした場合は「北条氏照」に関東支配を任せる構想があったのでは?」と・・・・。

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この辺りには「御主殿」の庭園があったとされています。

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奥の方に乱雑に掘り返された跡が無数あります。息子から「何だろ~コレ!?何でこの辺だけ掘ってあるの?」と質問されました。
恐らく夜になると「猪」がこの辺りまで来てエサを探しているでしょうね・・・・。一緒に何か遺物が掘り出されていないかと周りを確認しましたが、見つかりませんでした。

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「御主殿跡」の奥の方にある「殿の道(仮称)」と呼ばれる道から山頂に向かって、登っていくことになりました。この「殿の道(仮称)」は「御主殿」の裏にあることから敵が攻めて来た場合に逃れる非常用の非難道であったのではないか?との事です。

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「殿の道(仮称)」の途中ではこのような当時の石垣群が数箇所見ることができます。

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息子が立っている石は「指揮台石」と言って、この石の上に立って部隊の指揮や監視をしていたとされています。今と違って当時は周りの木々は取り払われてていた為、周囲をしっかりと見渡すことができたとの話でした。

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山頂まで続く道はこんな感じで、と~っても狭いです。足を踏み外すと危険です。

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もし落ちたら、木々に当たって止まるまで転がり続けるかもしれません・・・・。充分気をつけましょう。

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「山王台」に到着しました。「柵門台」に通じる道があるとの事ですが、2年前に発生したゲリラ豪雨により地滑りが発生し、現在は通行止めになっているそうです。

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「山王台」に建立された慰霊碑です。

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山頂はもうすぐなのですが、ここで「米田さん」からとても貴重な話を聞くことができました。山頂には「坎井(かんせい)」と呼ばれる井戸があるのですが、何故ここに井戸を掘ることができたかというと写真のように「竹」が群生していることで、当時の人はここの下に「水脈」があると判断できたそうです。何故竹があるからといって、その下に水脈があると判断できるのでしょう?そのような話は初めて聞きました。頭の悪い自分は何度もここを通っていますが、山登りに夢中でここを普通に素通りしています(^^;)当時の人々の知恵はすごいですね!

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皆で険しい道を登り切り、「中の曲輪」の下段に到着しました。

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「中の曲輪」下段の石段を登ると「八王子神社」があります。神社の横には重臣「横地監物吉信」を祀った「横地社」があります。「八王子神社」と「横地杜」の間には井戸の跡があるのですが、現在は枯れてしまっているようです。

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「大石照基」が守備していたとされる「二の丸(松木曲輪)」に到着しました。「松木曲輪」の腰曲輪で昼食を食べることになりました。

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昼食の間、会の方から日本酒「氏照」を勧められました。完全なビール党でありながらも、前から一度飲んでみたいと思っていたのですが、今日は夜から柔道の練習に行くことにしていたので丁寧にお断りさせていただきました。確か「道の駅」に売っていたような・・・・・機会があれば買ってみようと思います。

昼食後、休んでいた腰曲輪の下に「北条氏照」がお月見等で宴会をしたとされる「山上屋敷跡」があるとガイドの方から教えて頂きました。「・・・そんな場所があるのですか?知りませんでした」と上から覗いて見ると屋敷跡に行くには急斜面を降りるうえに途中で藪がすごいのです。子供の頃と違って大人になったからでしょう。
藪の中に入ったり、急斜面を降りて行くのにはすっかり尻込みするようになっている自分に気が付きました(^^;)
しかし今日は色々と教えてもらったり、まだ見たことがない遺構を見る為に参加したので「え~いっ!」って感じで頑張って降りてみました。
「う~ん・・・・・(^^;)」かつて城主「北条氏照」がここで宴会をしたとされる場所に立てただけでも「よしっ!」とすることにします。

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草が生い茂って隠れてしまっていますが「坆井(かんせい)」と呼ばれる井戸の周りには石垣が積まれ、「井戸曲輪」になっているとの説明がありました。このような山城では井戸はとても貴重であり、崩落を防ぐ為に石垣が積まれたそうです。また井戸があるということは合戦の時に長期に渡り、篭城が可能であったことを意味しています。

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「坆井(かんせい)」です。

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「坆井(かんせい)」を後にし、次に「本丸」へ向かいます。

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「本丸(山頂曲輪)」に到着しました。

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「本丸(山頂曲輪)」で説明を受けた後は「小宮曲輪」に向かいます。

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「小宮曲輪」に向かう途中、真っ直ぐ伸びた竹が群生していました。ガイドの方の説明でこれは矢に使う為の「矢竹」と呼ばれるものだそうです。これも教えてもらわなければ、何も気付かずに素通りしてたでしょう(^^;)

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「小宮曲輪」に到着しました。何度も「八王子城」登っているのですが、今まで行き方がわからなかった為、初めて来ることができました(^^;)参加させてもらってよかったです。「狩野一庵」が守備していたとされています。

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今は木々に生い茂っている為、見えませんが「小宮曲輪」からは関東一円が見渡すことができたかもしれないとガイドの方が教えて頂けました。
今は「小宮曲輪」の下を通る道から180度のパノラマが見渡すことができます(今日はあいにくの曇り空でよく見えませんでしたが・・・・)。

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「小宮曲輪」には2体の「狛犬」が置かれています。曲輪の中にある建物で以前までは神事のようなものが行われていたのでしょうか?ガイドの方に聞くのを忘れてしまいました。こちらの「狛犬」は子供を抱いています。

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「小宮曲輪」を後にし、下山することになりました。急峻な山道を皆で下って行きます。

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つる性の植物は「キジョラン」です。冬になると実が割れて中から綿毛の種が飛んで出てくるそうです。以前この辺りを登っていた時にチョウの「アサギマダラ」がよく飛んでいるのを見たことがあるのですが、「アサギマダラ」は「キジョラン」に卵を産み付けるとのことです。なるほど~(^^)

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「柵門台」横から脇道に入り、石垣を皆で見に行きました。この先は前に紹介した「山王台」に続いているそうです。

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「柵門台跡」に到着しました。今まで知らなかったのですが、ここは「山王台」「金子曲輪」、そして「搦め手(城の裏側からの通り道)」からの交差点のような役目を負うのでかなり重要な場所であったようです。「柵門台」の上にはやはり平坦に整備されている場所があるのですが、きっとここは「柵門台」を監視するような番所があったのだろうと初めて知ることができました。

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「柵門台」を少し下って、北側の脇道に入ると石垣を見ることができます。

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まだまだ険しい道を皆で下って行きます。

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「金子三郎左衛門家重」が守備していたとされる「金子曲輪」に到着しました。

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「金子曲輪」の横にある「梅林」です。当時からあったものではないそうですが、八王子市内で一番早く開花するそうです。

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「金子曲輪」には「腰馬蹄段(こしばていだん)」と呼ばれる遺構が残っています。一部は残念ながら、登山道として整備されてしまっていますが・・・・。

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管理事務所前に到着。本日のガイドはここまでとなりました。と~っても楽しかったので「国史跡八王子城とオオタカを守る会」に入会させて頂きました。一度参加しただけでは全部説明を聞き取れなかったので、これから何度も参加したいと思っています。

ちなみに「第13回国史跡八王子城ガイド」の残りの日程は「国史跡八王子城とオオタカを守る会」のHPの方に載っていますので、興味のある方はそちらを確認してみて下さい。またHPには「八王子城」周辺の遺構もたくさん写真付きで紹介されており、「八王子城」を知るにはとても参考になると思います。
もし「八王子城」に興味を持っていただいた方がいらっしゃいましたら、是非参加されることをお勧め致します。資料代として200円だけ必要ですが、会に入会する必要はありません。自分は仕事の都合で毎回参加することはできませんが、もし御一緒できる機会がありましたら、どうぞ宜しく御願い致します(いい歳して、人見知り・話下手ですが・・・・)。

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今回参加してと~っても良い事をガイド役で事務局長の「米田(まいた)」さんから教えて頂きました。
「山城を登る時は山登りに夢中になって、前ばかり見ていてはダメですよ!なぜこのようなものが造られたのか?そして振り返って見て、よく観察してみましょう。それを繰り返していると色々と何故このようなものがあるのかと理由が分かり、推理できるようになりますよ!」
その話を聞いていて「全くその通りだなぁ~(^^)」と感銘を受けました。
何故なら過去に何度か登った際に自分は毎回足腰のトレーニングを兼ねて、スポットになるような場所以外はガンガンと早歩きしていたからです(^^;)
いつも教えてもらうばかりではなく、自分で見て、考えて推理できるようになるのが史跡巡りの楽しさの醍醐味だと思っています。いつか自分もそうなりたいと思いました(^^)/

また息子も参加した皆さんに話相手になってもらいながら、色々なものを見れたのでとても楽しめたようです。会の方から素晴らしいプレゼントも頂けました(^^)帰り際に息子には「ボクはみんなにとても良くしてもらったのだから、その事を忘れたらいけないよ」と話しました。「うんっ!わかったよ。また来たいなっ!!(^^)/」ととても軽い返事をしていましたが・・・・・・・・ボクがその日を一日も早く理解してくれる日が来るのを望みます(^^;)

今回、このブログにリンクを貼らせて頂いている「マリコ・ポーロの後北条見聞録」を書かれている「マリコ・ポーロ」さんにお会いすることができました!お互い気付かなかったので最後の方で少しだけしか話ができませんでしたが、いつもブログを読んでいたのでお会いできて、とても嬉しかったです。
「八王子城」又は「小田原の後北条」について興味をもたれた方は戦国時代以外の記事が多いこのブログよりも是非「マリコ・ポーロの後北条見聞録」を訪れることをお勧めします。語り口も面白くて、自分は毎回楽しく見させて頂いてます。

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